千葉県屈指の古刹・龍の頭が落ちた場所に立つ龍角寺と古墳の森を歩く 千葉県印旛郡栄町

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かつての大災害を現代に伝える地名

今回のウォーキングは、千葉県栄町から成田市にまたがる場所。ここには、白鳳時代の仏像のあるお寺や古墳群、かつての房総の村を再現した施設などがあるのですよ。

行ったのは、お盆休み。実は二度目なのですが、前回行ったときは歴史好きにはうれしいスポットが満載でした。そういえば今回と同じく熱中症が心配になるくらい暑い日でしたね。その分、生還したときは達成感が半端じゃなかったのを覚えています。

東京から常磐線に乗り、我孫子でJR成田線に乗り換えます。ちなみにJR成田線は、成田から我孫子まで利根川沿いを走る単線。車窓からは田んぼの稲穂が地平線まで続くのが見え、とても首都圏にいるとは思えない風景ですな。

すっかり真夏の景色を堪能した後、ウォーキングのスタート・JR成田線安食駅に到着。

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駅前に立つと、以前よりお店が増えたような気がしました。前回来たときは、駅前に飲食店やコンビニがあるだろうかと不安になりましたからね。

それにしても、安食(あじき)駅とは曰くありげなネーミング。調べてみたら、この近くは昔、大飢饉に見舞われたらしい。そこで、安心して食事がとれるよう祈願してこの地名になったそうな。現代の日本では、余程のことがない限り飢餓で苦しむことはないですが、地名にしてしまうくらいの大飢饉の存在が実感できました。

地図を見ると、ウォーキングルートはあまりお店がないみたい。大飢饉のときのように、途中で行き倒れるわけには行きませぬ。おにぎりやパン、生命線のペットボトルのお茶をしこたま買い込み、らくだで砂漠を越える隊商になったような気分で、いざ出発です。

北口のロータリーから、さわやか通りを歩いていたら、コンビニとスーパーを発見しました。なんだ、駅前で食料を買わなくても大丈夫だったと思いましたが、以前同じシチュエーションで、半日も飲まず食わずのまま山の中をさ迷ったことがありますからね。油断は禁物です。

さわやか通りは、歩道が広くて街路樹もあるので、春や秋なら確かにさわやかなのでしょうね。だけど、見渡す限りの田んぼの中を一直線に通じる道路は、曇り空にもかかわらず湿度が高くて過酷なウォーキング環境でした。

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栄町のラビリンスと八つの井戸

前回来たときは迷わなかったので、今回はガイドブックを持たず、図書館でコピーした3万分の1の地図だけ持って行ったのですよ。これが大誤算で、私としては珍しく道に迷いまくってしまいました。

市街地だったら、目標となる建物や施設などがあるのですが、周りにあるのは田んぼと木に覆われた丘ばかり。来た道を3回戻っても方向がわからず、道を聞こうにも誰も出会わない。

そのとき、見つけたのがこの「八つの井戸」。

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コンクリの蓋が被せられていて、何か曰くがありそうだと思ったのです。あとで調べてみたら、これは伝説の井戸みたい。

かつて龍角寺・酒直地区の山裾には清水湧く八つの井戸があったそうなんですよ。住民たちは毎日その水を汲みに行っていたが、不便だったので、ある時、いくつかの家々で近所に井戸を掘ったそうな。しかし、その後悉く不幸に見舞われ、以来、新たに井戸を掘る者はいなかったとか。

道に迷ってぐるぐる歩いているうち、なぜか吸い寄せられるようにこの井戸の道へ出てしまうのです。手を合わせて井戸を拝み、再チャレンジしたら、何とかこの迷宮から脱出することができました。いろいろなところを歩いていると、こんな不思議な体験をすることもありますね。

…ということで、ようやく最初の目的地、多宝院へ到着。

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境内の日陰で一休み、と行きたいところでしたが、立ち止まると汗がドバッと噴出すので、すぐ次の目的地へ向かうことにしました。

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龍の頭が落ちた場所の伝承が残る千葉県屈指の古刹

小学校の裏の道を通り、農家が並ぶ道をずんずん行くと、そこは龍角寺。

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一見、何の変哲もないお寺のように見えますが、このお寺は知る人ぞ知る歴史のある寺院なのです。

竜女が現れて、一夜のうちに諸堂を建てたという伝説はともかく、それが709年というから、関東でも指折りの古い寺院なのは間違いありませぬ。

731年この地域が干ばつに見舞われたとき、祈祷によって印旛沼の龍が天に昇って雨を降らせそうな。そのとき、龍の体は3つに分かれて地上に落ちてしまったらしい。

3つに分かれて死んでしまった龍の頭の部分をこの寺に祀り「龍角寺」と改称したという伝承が残っているそうです。そして、龍の腹が落ちた地に「龍腹寺」(千葉県印西市)、尾が落ちた地に「龍尾寺」(千葉県匝瑳市)という寺ができたらしい。

すごいスケールの伝承だと思ったのですが、驚くことに今もなお、「龍腹寺」と「龍尾寺」が存在しているのですか。

三つの寺は結構距離がありますし、当時の伝承がこれだけの広さに渡っていたのも驚きですね。731年の干ばつはきっと大震災クラスの被害だったのでしょう。龍の話は別としても、この伝承が発生する何らかのエピソードはあったのかもしれませぬ。それを想像すると夜も眠れなくなりそう。

ご本尊の薬師如来様は、白鳳時代のものだとか。今、関東で同時代の仏様が現存しているのは、深大寺のご本尊くらいだそうですね。ただ、国宝ではなく重要文化財なのは、白鳳時代の部分が頭部だけだからみたい。

そういえば、日本で最も古い仏像と言われる飛鳥大仏も、当時のものは頭部だけだし、白鳳時代を代表する仏像の興福寺仏頭も残っているのは、頭部だけ。それだけ残るのは何か、恣意的な理由でもあるのだろうかと考えてしまいました。

また境内には、金堂や三重塔、仁王門の礎石が残っていて、当時は大伽藍だったのがわかります。

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これは金堂跡の土壇。後世に作られた立派な建物よりも、何もないところに存在感があるような気がしました。

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中でも三重塔の礎石は、「不増・不滅の石」ともよばれ、孔にたまった水は大雨でも日照りでも増減しなかったと言われているらしい。

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のどかな農村地帯だったから、礎石のまま残ったのでしょうね。立派な復元された建物もいいですが、礎石のままずっと長い間残されてきたのもまた風情があって、当時をイメージできる楽しみがあります。

金堂跡の背後になんと、東大寺の正倉院みたいな校倉造の建物があるではないですか。

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これは国宝クラスの建造物だと思ったら、明治初期の建造らしい。当初、宮内庁下総御料牧場にあったが、空港建設に伴いここに移築されたのですか。

もっともトタン屋根でしたので、国宝は大げさかもしれませんが。

 

千葉にもある古墳のデパート

龍角寺を出て、いよいよ房総風土記の丘へ向かいます。成田安食バイパスの横断歩道を渡ると、そこは白鳳道。

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龍角寺から一直線に伸びているのですが、道の左右にゴルフ場のコブのように見えるのがなんと古墳なのですよ。

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西日本のある巨大古墳のような圧倒的な大きさはないのですが、100を越える古墳が連なるさまは圧巻でした。

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しかも、前方後円墳や円墳、方墳などバラエティに富んでいる。

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わ~、古墳の宝石箱や~とオリジナリティーのないコメントを発してしまいました。私にはグルメリポーターは無理だと感じる今日この頃。

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今はのどかな田園風景ですが、この場所は古代の要衝だったのでしょうね。

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