線路・トンネル・ミステリー、スタンド・バイ・ミーの気分が味わえる三浦半島の旅

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倉庫群の中を縦横無尽に走る廃線

本日も三浦半島を歩きます。JR田浦駅を離れ、再び倉庫群の道へ戻りました。

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しばらく行くと、道の左側に線路が走っているのが目に留まります。

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これがJR田浦駅から延びる引き込み線の一部なのですな。マップによると、引き込み線は、当時、旧海軍軍需部倉庫から港まで網の目のように覆っていたらしい。

言われてみればなるへそ、と思いますが、知らなければ何で道の横に線路が走ってるの? 危ないじゃん、と思ったかも。昭和50年代までは貨車が走っていたそうですが、今は廃線になっているのでその心配はないのですが…。

それにしても、どんな貨車が走っていたのでしょうね。

線路を追って行くと、十時に交差したり、スイッチバックしたり、当時はいろいろ面白い風景が見られたのだろうと想像が膨らみました。

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トンネルの中にも戦争の痕跡が

さらに道をゆくと、古いトンネルが…。

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これは、比与宇(ひよう)トンネルといって、当時は、このトンネル内で貨車はスイッチバックして方向転換をしたらしい。

あとで調べてみると、戦時中はトンネルのある山の中に比与宇弾薬庫があったらしい。地下に縦横無尽に地下道が走り、何層にもわたって多くの弾薬が格納されていたそうですね。

そして、安全のためにこのトンネル内で弾薬の積み下ろしが行われたとか。それを知らずにトンネルを歩いているとき、何となく曰くがありそうだと思って撮影したのがこの写真。

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現在は塞がれていますが、ここが当時、トンネルから弾薬庫へ入り口だったみたい。入り口にしては地面より少し高いなと思ったのですが、トンネルへは列車で弾薬が運び込まれていましたからね。積み下ろしに便利なように入り口と列車の高さを合わせていたのかもしれませぬ。

歩いてみて、うしろから生暖かい風が吹いたり、人の話し声が聞こえる気がしたり、なんか、肌にまとわりつくような違和感があるのですよ。

家に戻ってネットで検索してみると、やはり心霊スポットの一つとして有名な場所らしい。旧日本軍の施設の近くという先入観もあるのかもしれませんが…。

 

ブルーな海の近くにある横浜DeNAベイスターズ練習場

トンネルを抜けて少し歩くと、立派な野球場がありました。

看板には、「横浜DeNAベイスターズ総合練習場」の文字があり、誰でも見学できるようなので入ってみることにします。

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選手が練習しているのかと思いきや、グラウンドはがら~ん。こんなことでは、今年も優勝はできませんぞ、と選手たちに気合を入れようと思ったら、時刻は午後0時40分なのでした。

お昼休みでは仕方がありませんね。横浜は好きなチームのひとつなので、是非頑張って欲しいです。中畑監督の胴上げを期待しておりまする。

 

自衛隊や米軍の艦船が一望できる公園がある

横須賀線の踏切を越え、すぐ左折して急な坂道を登ります。

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坂道を登りきったところにあるのが 安針台公園。

安針という公園のネーミングは、江戸時代初期にこの近くの土地を与えられた三浦按針にちなむのでしょうか。ただ、按と安の字が違うのが気になりますけど…。

ここからは、横須賀本港が間近に眺めることができます。

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海上自衛隊横須賀基地や米国海軍横須賀ベースに停泊している艦船がよく見えました。南極観測船しらせは、ここを母港にしているそうですね。あまり自衛隊のイージス艦を近くに眺める機会がないので、とても興味深かったです。

公園を出て、三浦半島の内陸部へ向かいました。ここから先は、ハイキングといってもいいルートですな。

 

大ヒットした海外ドラマ「SHOGUN」のモデルが眠る公園

京浜急行の安針塚駅を越え、住宅街の坂道をひたすら登ります。駅からゆっくり歩き、およそ30分で県立塚山公園へ到着。

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この公園は、「かながわ景勝50選」にも選ばれ、横須賀市街はもちろん猿島、房総半島まで眺望が開けているのですね~。

見晴らし台からは、青い海をバックに、小泉家の城下町、横須賀の市街を眺めることができました。

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ところで、この塚山公園というネーミングですが、やはり塚があるからつけられたのでしょうね。その塚とは、按針塚。さきほども書きましたが、公園の中に三浦按針夫妻の墓があるのですな。

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三浦按針は、日本史の教科書にも載っていますが、英国人で本名は、ウイリアム・アダムス。

難破船に乗っていて助けられ、やがて徳川家康の信任を得て、ここ三浦半島に250石の領地を与えられ、幕府の外交顧問として活躍した人物。日本に、砲術や造船術、航海術などの西洋文明を伝えたらしい。

私がよく行く、日本橋の近くに「史蹟三浦按針屋敷跡」の石碑があった記憶があります。

そういえば昔、「SHOGUN」という映画が流行りましたが、そのモデルになった人物でもありましたね。ヒロインの島田陽子が国際女優と呼ばれたり…。

神奈川といえば、国際都市の老舗である横浜がありますが、当時から外国人と因縁のある土地だったのですね。

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