城跡、重要文化財、古刹、風習… 観光の定番がてんこもり! 魅惑の世田谷紀行

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400年以上の歴史を誇る世田谷の伝統行事・ボロ市

本日も世田谷の中心部を歩きます。

世田谷区役所の横をテクテク歩き、世田谷通りを越え、少し歩くと一見何の変哲もない道路に出ます。しかしここは「ボロ市通り」と言って、世田谷には欠かせない観光スポットなのですよ。

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期間限定ですが…。

ボロ市が開かれるのは、毎年1月15・16日と12月15・16日。ボロ市とはショッキングなネーミングですが、もちろんボロが売られているわけではありませぬ。

その歴史は、天正6年(1578年)に小田原城主北条氏政がこの地に楽市を開いたのが始まりだそうですから驚きです。

伝統行事として、400年以上の歴史を有しているのですな。はじめは古着や古道具など農産物等が売られていたそうですが、現在は骨董品、日用雑貨、古本などが露店で売られているらしい。

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昔、私が行ったときは、道の両側に700店ほどの露店が並び、大賑わいでしたね。

 

重要文化財の代官屋敷がある

ボロ市通りから代官屋敷通りに向かいます。代官屋敷通りとは重厚なネーミングですが、なんとモノホンの世田谷代官屋敷があるのです。

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江戸時代、世田谷郷の土地を所有していたのは、あの徳川四天王で有名な井伊家。彦根35万石ですね。幕末の井伊直弼の家といったほうがわかりやすいでしょうか。

井伊家から世田谷の代官に任命されたのが大場氏です。大場氏は、明治に至るまで、この代官屋敷で、代官職を世襲しました。

かつて長く世田谷区長を務めた、故大場啓二さんも大場氏。平成まで影響力は続いているのですね。

代官屋敷はなかなか壮観です。表門、母屋、白州なども残っていて、江戸時代の代官職の仕事の内容が偲ぶことができました。

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実は前回来たときは工事中で、個人的には久しぶりに代官屋敷の土間に入ることができたのです。

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江戸時代の建物はいろいろなところで見学しましたが、さすが代官屋敷という風格が感じられました。ちなみに、住宅建造物としては、都内ではじめて重要文化財に指定されたそうです。

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お屋敷に隣接して、世田谷区立郷土資料館もあります。代官屋敷ともども無料で見学できるのがうれしい。野毛大塚古墳の詳しい模型や解説、出土品の紹介などもあって楽しめました。

代官屋敷のすぐ近くにあるのが浄光寺。このお寺は大場家の菩提寺で、世田谷代官の歴代のお墓がありました。

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住宅街に痕跡が今も残る巨大城郭・世田谷城

そこから世田谷線の上町駅へ出て城山通りを歩くと、中世の世田谷の支配者であった吉良氏の世田谷城址があります。

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お城大好き人間としては、東京に城があって、なおかつその痕跡が偲ばれる公園があること自体たまらない魅力。

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もちろん、天守閣や櫓といった建物はまったく残っていませんが、世田谷の住宅地の中で、よくこれほど土塁や空掘の跡がくっきりと残ったものだと感心しました。

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でも前回来たときは、土塁や空堀の存在に感動したものの、世田谷城の全体像をイメージすることはできなかったのですよ。

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今回は地形から推理し、住宅街に残る痕跡から当時の姿を想像することができました。前回から相当、中世の城跡を見ているので、城を見る目が肥えてきたのかもしれませぬ。

 

井伊直弼の墓がある招き猫でも有名なお寺とは

世田谷城址公園のすぐ近くにあるのが豪徳寺。

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彦根藩井伊家の菩提寺というよりは、招き猫で有名な寺かもしれませぬ。実は、このお寺の境内も、世田谷城の一部だったらしい。

この参道は世田谷城の大手門へ続く道かもしれないそうな。それなら、防御上の土塁や空堀は?

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…と思ったら、このコンクリート塀のうしろに土塁や空堀がちゃんとあったのでした。

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境内は、黄檗宗寺院特有の中国風の建築物がゆったり配置され、いい雰囲気を醸し出していますね。

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この寺のもうひとつの注目は、井伊家の墓所。広大な墓所は一面に青々と苔が生え、美しい。

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幕末の大老井伊直弼の墓は、墓所の一番奥にひっそりとたたずんでいました。

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それにしても、安政の大獄の主催者と被害者であった吉田松陰の墓がこんなに近くにあるのですか。

吉田松陰の墓は、小伝馬町で刑に処され小塚原に葬られた松陰の遺体を、弟子の高杉晋作らが死後4年後に、長州藩の抱え屋敷のあった世田谷の地に移葬したのだとか。

井伊家の菩提寺の豪徳寺も元からこの土地にあったのですね。なんとなく因縁を感じてしまいます。

 

世田谷城主・吉良家の墓がある勝光院

豪徳寺から、少し遠回りして吉良家の菩提寺であった勝光院へ。風情のあるいいお寺でしたよ。

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吉良氏墓所は静かでしっとりしていて、いかにも由緒正しい家柄の墓所という感じがしました。

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吉良氏は三河国吉良荘から起こった源氏の足利氏の支族。ちなみに忠臣蔵で有名な吉良上野介も、直接的なつながりはないようですが、先祖を同じくするそうです。

帰りは、これまで見るだけだった世田谷線に乗車しました。

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切符はなく、入り口にはバスのような運賃箱が。

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ますます世田谷線が路線バスに見えてくる旅でした。

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