上杉謙信も落とせなかった高石垣の名城・唐沢山城 栃木県佐野市を歩く

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

知る人ぞ知る関東七名城

今回行ったのは栃木県の唐沢山。

以前、同じ栃木県の佐野市へ行ったとき、市内の佐野城址を訪ねたのですよ。そのとき城主の佐野氏が、その前は近くの唐沢山に巨大な山城を構えていたのを知りました。

佐野城は比較的小さな城ですが、唐沢山城は関東七名城のひとつに数えられるのだとか。戦国時代には上杉謙信の十度にわたる攻城をことごとく退けたそうですね。ちなみに、関東七名城とは、太田城、宇都宮城、唐沢山城、金山城、前橋城、忍城、川越城の七つの城。

唐沢山城は関東地方の古城には珍しく、高い石垣が築かれているらしい。城好きとしては、是非一度攻め入るしかない …ということで、唐沢山からほど近い、東武佐野線田沼駅にやってきました。

CA3A1770

駅前から踏切を渡り、車が行き交う車道を横目に歩き、国道を越え十五分ほど歩くと、大きな川が見えてきます。

CA3A1775

河原の右手にひろがる小高い山が唐沢山。つまり唐沢山城址なのですな。木が山を覆い尽くしているから、言われなければ城跡とは気づかないでしょう。

CA3A1774

むしろ山の形状としては左に聳え立つ山のほうが山城みたいだったりして…。

さあ~、いよいよ唐沢山城を攻略するぞ!と意気込んだのですが、左手に新しい公園ができているようなのでとりあえず行ってみることにしました。そこは広い芝生広場になっていて、微妙に盛り上がった場所があります。

CA3A1777

おお、これは土塁じゃないですか。どうしても山城は、山の頂上に注目してしまいがちですが、当然山麓にも遺構はあるはず。

土塁があるということは、城主の平時の御殿があった場所でしょうか。山城といえば八王子城も有名ですが、今も山麓に広い御殿の跡が残っていますね。 芝生広場の奥に立つと、はるかに田沼の町並みを見下ろすことができました。

CA3A1780

 

物見台からは、東京の高層ビル群も眺められる

寄り道してよかったと喜び、唐沢山神社の石の鳥居を左に見ながら、車道を登ります。カーブ2という標識のところで舗装道路から離れ、岩と落ち葉の山道へ。

ここから先は、つづら折りの急な山道。

CA3A1783

つづら折りになっているということは急斜面なわけで、上杉軍をはじめとする攻城方は登るだけでも苦労したでしょうね。しかも、当時は、上から敵が矢を射かけてきますからたまりませぬ。

なんとか襲撃を受けずに登り切ると、広い駐車場があり、その先にレストハウスがありました。レストハウスの前は、唐沢山城の虎口(入口)になっていて、小ぶりではありますが桝形の配置が確認できます。

CA3A1788

近くに物見台跡と標示があったので、高いところが好きな私としては条件反射で足が向かいました。

CA3A1790

天狗岩とも言われる場所だけあって、足もとは岩場。そこに立つと、まさに物見の絶景が広がっていました。晴れた日には、ここから東京の高層ビル群が眺められるそうですね。城があった当時には、江戸の火事がここからでも確認できたそうな。

CA3A1792

行った日は、晴れてはいたのですが靄がかかっていて、はるか彼方を見通すことはできませんでした。

 

直径8メートルもの巨大な井戸がある

下に降り、城跡案内図を確認して、攻城の計画を練ります。

CA3A1793

唐沢山城は、標高247メートルの山頂を本丸とし、一帯に曲輪が配された連郭式の山城。当時の遺構がかなり残っているのは、山頂に神社があるからでしょうか。

ただ、神社が作られたのは明治時代だそうですね。祭神は、平将門を討った武将として有名な藤原秀郷。

…というのも、この城の城主であった佐野氏の祖先は藤原秀郷で、彼が平安時代にこの山に城を築いたのが始まりなのだとか。その後、秀郷は、従四位下の官位に進み、下野守、武蔵守、鎮守府将軍となったそうですから、この地は関東の中心としても栄えたのでしょうね。

鳥居をくぐり、いよいよ城の中心部へと足を進めます。 私まず注目したのは、左手にあるでかい池、と思ったらこれは井戸ですな。

CA3A1796

直径8メートルもある井戸で、満々と水をたたえており、当時から水が枯れたことはないそうな。山城の弱点は水が不足することですが、これだけの水の量ならかなりの兵がこの城に籠城しても賄うことができるでしょうね。

ただ、本丸や二の丸、三の丸の外にあるので、敵に井戸が渡ったらと言う不安はありますが…。

さらに行くと、空堀があって石橋がかかっています。

CA3A1799

この堀は四つ目掘と言い、主郭である三の丸以上の曲輪と外曲輪を隔てるものですな。防御上もっとも重要な堀なので、当時はもっと深くて広かったはず。

CA3A1801

 

関東には珍しい本格的な石垣のある城

三の丸は、左手の土塁上に広がっています。解説板には、来客をもてなす場所と書いてありましたが、やはりここにも御殿のような建築物があり、さまざまな用途に用いられたのでしょう。

CA3A1802

三の丸もかなり急な土塁上にありましたが、三の丸のうえの二の丸も急峻な土塁の上にあります。戦国のスーパースター上杉謙信の猛攻に持ちこたえた理由も納得できました。

CA3A1803

ここから二の丸へは上がらず、いったん参道へもどり、本丸へと向かいます。

一般の人は神社へ参拝するのですが、城ヲタクにとっては当時の城の姿しか頭にありませぬ。参道は、桜の馬場といって、当時は馬を調練する場所だったとか。

CA3A1804

どの山城にも、馬場と呼ばれる場所が残っていますから、戦と馬、城と馬は現代人が考えるよりもっと密接な関係にあったのかもしれませぬ。

参道の左手は急峻な土塁や石垣が聳え、右手は垂直に切り立った崖。上から矢を射掛けられたら逃れる場所がにゃ~い。私の体に矢がブスブスと突き刺さる情景がフラッシュバックし、思わず額から冷や汗が流れます。

CA3A1806

神社へお参りするお年寄りたちは、そんな私を眺め、まだ若いのにこんな山道で息が上がっているのかと気の毒そうな顔をして追い抜いて行きました。

そしていよいよ本丸に建つ、唐沢山神社に到着。 高石垣に囲まれた本丸は、関東七名城の名に恥じない威厳が感じられました。

CA3A1807

ただ、明治時代に神社が作られたとき作られた石垣もあるそうなのですが…。城跡マップを見ながら、当時の縄張りをイメージするのが城跡散歩の醍醐味のひとつ。

CA3A1810

ただ、神社へお参りすることを忘れてしまい、あとで引き返してお参りすることに。

CA3A1812

佐野市に最寄りの栃木エリア着の高速バスはこちら

follow us in feedly