未来都市・二子玉川は歴史的建築物もいっぱい 東京世田谷区・二子玉川周辺を歩く

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再開発で、昭和の風景が一新した二子玉川

今回行ったのは、東京世田谷区の二子玉川から成城学園へ抜けるウォーキングコース。何度か歩いたことがありますが、23区内にもまだこんな場所が残っているの?という素敵な景観がいくつもあるのです。

この周辺は江戸時代、穀倉地帯と言ってもいいくらい田園がどこまでも広がっていた地域。今でも、当時の農村風景が垣間見える場所が、あちこち散在しているみたい。

しかも、始点の二子玉川と終点の成城は、セレブな高級住宅地。都内を代表するお屋敷街を結ぶルートが農村風景というのも、東京ならではの趣向かもしれません。

…と、これまでは農村の素朴な景色に郷愁をいだいているお疲れのサラリーマンには癒しの場所でした。しかし、東急田園都市線に乗って二子玉川駅に降りたとたん、のどかな景色が残っているかと不安に…。

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私の子供の頃は、二子玉川といえば、浅草の花やしきみたいなレトロな遊園地で有名でしたからね。駅前は昭和の雰囲気満載の商店が並んでいました。昔、プールもあって、暑いときはよく涼みに行ったものです。

それが、ちょっと見ないうちに都心のような高層ビルが建ち並んでいる。なんか、浦島太郎になったような気分。(写真は別の日に撮ったものですので念のため)

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もっとも、東口は様変わりしても、もともと繁華街だった西口はあまり変わりませぬ。昔から街のランドマーク的存在の玉川高島屋も健在。センスのいい商品を買いたい時は、よく訪れましたっけ。

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ちなみに、ここの屋上庭園は、夜ライトアップされてなかなかいいムードですよ。

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人気のパワースポット・地下霊場のある玉川大師

若い頃からレジャーや買い物でよく訪れた二子玉川ですが、ネットサーフィンをしていてまだ行ってない場所があるのを発見したのです。それは、玉川大師玉眞院。普通のお寺なのですが、是非行ってみたいと思ったのは地下霊場があること。

何でも、そこへは木の階段を降り、右手で壁を探りながら暗闇を歩くそうです。暗黒の道は蛇行しながら少しずつ下って行くらしい。次第に方向感覚がなくなり、不安が増すばかり…。 このシチュエーションは、昔読んだ江戸川乱歩の「孤島の鬼」、横溝正史の「八つ墓村」ですよね。不謹慎ながら、その非日常感を味わいたくて出かけたのでした。

雨がそぼ降る中、玉川高島屋の前を通って玉川通りを瀬田方面へ北上すること約10分。玉川大師は住宅街の中に埋もれるようにありました。

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外観もあまり目立ちませんね。ネット情報がなければ知らずに通り過ぎたかも。

中は誰もいなかったのですが灯明料100円を支払い、木製の階段を降りて行きます。写真でご紹介できればよかったのですが、撮影禁止なのが少し残念。

うわっ、ホントに中は真っ暗。 

非常口の表示もありませぬ。さすがに暗闇好きもビビリますね。一切の明かりの持ち込みを禁ずとのことで、久しぶりに暗黒の中を手探りで進みました。

でも、真っ暗なのは最初だけ。しばらく行くと、ほの暗い明りの中に、300体あると言われる石仏が浮かび上がります。これらの石仏を参拝すれば四国八十八ヶ所・西国三十三ヶ所を巡ったのと同じご利益があるらしい。

この静寂な空間には歴史を感じたのですが、よく見ると鉄筋コンクリートの柱が見えました。あとで調べてみると、このお寺の創建は大正時代。その後6年かけ、昭和9年(1934年)にこの地下仏殿が完成したらしい。地下5メートルの深さの場所に、長さ100メートルにもおよぶ参道を作ったというからすごいですね。

再び階段を上り、外へ出たときはまさに生まれ変わった気分。パンフにあったように、心身ともに清浄となり、生きる力と幸福が授かった気持ちになりました。

ネットで調べると、暗闇に恐怖を感じる人が多いみたい。個人的には最初に少し戸惑った以外は怖いという感じはしませんでした。

それはかつて超ド級の恐ろしい洞窟を経験したからかもしれませぬ。ここから先は余談ですが、場所は、稲城市威光寺の境内にある地下霊場です。

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ロウソクを持って入るので、真っ暗ではないですが、古墳として作られたという入り口の道は野趣あふれて迫力満点。

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地図ではシンプルな構造ですが、中に入ると迷路のように道がわからなくなってしまう。しかも、水が満々とたたえられた池があり、広い空洞も。

音がまったく聞こえず、まさに「無」の空間。それなのに、ゴォォォォォという音がどこからか聞こえ、絶えず誰かから見られているような気がするのです。

そして、いきなりロウソクの光に照らされた白い大蛇のオブジェが目の前に浮かび上がる…。

ヒィィィィィィ~と叫び声が漏れ、全身に鳥肌が立つのでした。

度胸試しの意味もあって、3回も一人で入りましたが、何度チャレンジしても慣れるということはありませんでしたね。

是非、勇気のある方はチャレンジして欲しい。

…と思って調べてみたら、現在は崩落の危険があるということで立ち入り禁止になっていたのでした。確かに当時から、今地震が起きたら生き埋めだなという恐怖もありましたが…。

 

国分寺崖線上に立つ豪邸・旧小坂家住宅

玉川大師を出て高級住宅街を歩き、次の目的地・瀬田四丁目広場へ向かいます。

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ここには、かつて国会議員をつとめた小坂家の別邸があるのですよ。和風2階建て、延べ床面積110坪ものお屋敷が、なんと無料で見学できるのです。

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居間、茶の間、書斎、茶室、寝室と書くと、一般的な間取りのイメージしか湧きませんが、どの部屋も広い、広い。

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イギリスの田園住宅の趣のある書斎は、当時、マントルピースの上に仏像が置かれていたそうな。映画のワンシーンに出て来そうな空間だと思いました。

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寝室なんか、一部屋で2DKのマンションがすっぽり入りそう。

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庭も国分寺崖線の斜面を生かした回遊式庭園。アップダウンがあるので、庭をめぐるだけで足腰が鍛えられそうです。

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ほかに誰も見学者がいなかったので、なおさら広く感じました。こんな豪邸に住んだら、心も広くなるかもしれませんね。

 

綾辻行人の館シリーズに出て来そうな洋館の静嘉堂文庫

瀬田四丁目広場を出て、同じ馬坂沿いにあるのが静嘉堂文庫。

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ここは、大正13年に三菱財閥の岩崎家の別邸として建設。その西洋館に岩崎弥之助、小弥太父子が収集した美術品や和漢書を収蔵したのがはじまりとか。それらのお宝は、隣接する静嘉堂文庫美術館に展示してあるそうな。

正門から美術館へ至るまでの道が雑木林の中を通る並木道の上り坂になっていて素晴らしいですね。

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静嘉堂文庫の敷地全体が小高い丘の緑地になっていて、雑木林の実験地でもあるそうですよ。

丸い噴水池の向こうに建つ洋館は、英国の貴族の館といった佇まい。綾辻行人の館シリーズに出てくる洋館はこんな感じですかね。

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静嘉堂文庫美術館は以前入ったことがあるので、今回はパスしました。

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同じ敷地内に、西洋教会風のドーム屋根を持った建物が目に留まります。

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これは、都選定歴史的建造物でもある岩崎家玉川廟。明治43年に建設された岩崎弥之助の霊廟で、設計は明治日本の近代建築を多く手掛けたコンドルだそうですね。

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旧小坂家住宅と言い、静嘉堂文庫と言い、二子玉川は昔からセレブの集まる場所だったのですな。

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