昔の東京へタイムスリップできる  東京都小金井市・江戸東京たてもの園を歩く

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上野公園の1.4倍の広さの小金井公園

今回行ったのは、「江戸東京たてもの園」。

東京都小金井市と一部が小平市、西東京市、武蔵野市にまたがる広大な小金井公園の中にあり、江戸時代から昭和初期の建物が建ち並んでいる野外博物館。古い建物大好き人間としては、是非、訪れねばなりませぬ。

…ということで、JR中央線武蔵小金井駅から小金井公園へやって来ました。

実は何度も来たことのある場所ですが、公園は相変わらず広い。広さは、なんと77ヘクタール。同じ都立公園でも、日比谷公園の4.7倍、上野公園の1.4倍もあるとか。

もとは、昭和15年の紀元2600年記念事業で計画された小金井大緑地。そして、昭和29年小金井公園として開園したらしい。もちろん日比谷公園や上野公園より新しい公園なのですな。

サラリーマンやOLが昼休みに弁当を食べていないし、池にボートもない。少々の家族連れがやって来ても、軽く収容しきれてしまう所がこの公園の魅力かもしれませぬ。

小金井公園の西に江戸東京たてもの園の入り口がありました。入り口のビジターセンターと呼ばれる格調のある建物は、旧光華殿。昭和15年に、紀元2600年の記念式典用に皇居前に建てられた式殿であったそうな。

一般の入場料400円を支払って中に入ると、旧石器時代から江戸時代までの考古資料、歴史資料の展示室がありました。

 

昔の東京のハイカラな暮らしが実感できる

一通り眺めてからいよいよ今日のメインイベント、屋外展示コーナーへ。まず目の前にある比較的新しい建物から見学することにしました。

まず入ったのが、「田園調布の家」。

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田園調布の草創期は、こんな家が建っていたのですね。

平屋の洋風建築ですが、居間を中心に食堂や寝室、書斎が配置されてとても使いやすそう。和室と洋間の折衷の「文化住宅」と違って、全室洋間なのもハイカラですね~。

隣に立っているのが、建築家の前川國男邸。

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切妻屋根のモダンな建物ですが、戦時中に建てられたというから驚きです。書斎の開放感いっぱいの窓がいいですな。

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一見、昔のホテルのようにも見えるこの建物は、「常盤台写真場」。

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いわゆる写真館なのですな。2階がスタジオみたいになっていて、天井や側面の窓から日が一杯に入って明るいのが印象的でした。当時は照明設備が発達していないので、太陽光を最大限取り込もうとしたのでしょうね。

一階の住宅部分は、和室が多く、そのアンバランスなところも興味深かったです。

「常盤台写真場」の向かいにある豪壮な日本建築はどちらのお宅?と思ったら、なんとあの財閥三井家の邸宅なのでした。

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昭和27年に建てられたそうですが、客間と食堂は京都にあった建物を移築したそうですね。当時はもっと広かったのでしょうが、家具やシャンデリアなどの設備は、さすが三井家だと思いました。

でも、二階のご当主と奥様のお部屋はそれぞれ六畳間。ご当主は、和室にベッドでお休みになっていたそうですが、なんとも狭そうな雰囲気でした。

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広いからゴージャスという訳ではないと思いますけど、奥様の趣味の部屋が二畳ですからね。狭いと落ち着くのは、貧乏な私にも納得できますが、そのココロはどうなのかわかりませぬ。

和風の豪邸の近くにあるのが、オシャレな洋館のデ・ラランデ邸。

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元は平屋建ての洋館だったものを明治43年頃、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより3階建てとして増築されたらしい。この建物は、平成11年まで新宿区信濃町に建っていたそうなんですよ。信濃町周辺には昔よく行ったので、目に入っていたのかもしれませんね。

 

江戸時代の民家がいっぱい

新しめの家を見た後、江戸時代の家屋をまわりました。

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八王子千人同心組頭の家、農家の綱島家と吉野家の江戸時代の民家。土間と座敷がある基本的な間取りは、どこも大差はないみたい。

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最初、「吉野家」と聞いて腹が減っていた私は喜んだのですが、牛丼も豚丼も売っていませんでした。

「山の手通り」と呼ばれるメインロードをテクテク歩き、たてもの園のセンターゾーンと東ゾーンに向かいます。

センターゾーンには、尾張徳川家の正室が将軍家光の側室であった母を供養するため建立した「旧自証院霊屋」がありました。東照宮みたいな彫刻がすごかったです。

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2・26事件の舞台のひとつ、高橋是清邸がある

そしてそのはす向かいにあるのが、たてもの園の顔とも言える「高橋是清邸」。

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赤坂で今は公園になっている場所に建っていた建物ですね。

高橋是清といえば、日銀総裁から大蔵大臣、総理大臣も勤めた政治家として有名です。「だるま宰相」として人気もあったとか。ところが、2・26事件で、軍部の青年将校たちに暗殺されたのでした。

その暗殺の舞台になったのが、この家。

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二階には今も、当時の部屋が残っています。中に入ったとき、歴史の舞台に立ったような重みを感じました。

 

大正時代の大名家の門と江戸時代の名主の家

家を出て、赤坂の自宅の庭園を復元した庭を歩くと、豪壮な門がある。

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どこから見ても、江戸時代の大名屋敷の門ですが、大正時代に作られたものらしい。旧宇和島藩伊達家が、東京に建てた屋敷の表門として利用されたものだとか。

そこからまた歩き、東ゾーンへ。

まず目に留まったのは、江戸時代名主を務めたという天明家のお屋敷。

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現在の大田区である鵜(う)ノ木村にあったそうですが、屋根の千鳥破風(ちどりはふ)が存在感ありますね。千鳥破風はお城の屋根にもよく使われておりまする。ここでは母屋のほかに長屋門、枯山水庭園などもあって当時の面影が伝わって来ました。

 

昔の商家、銭湯、居酒屋などが古い町並みとして残る

東ゾーンは、昔の商家、銭湯、居酒屋などが建ち並び、なんとなく懐かしい気分に誘ってくれます。

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建物の前面を銅板で覆ったお店を昔はたまに見かけたものですが、それは「看板建築」と呼ばれるらしい。緑青の浮き出た感じがなんとも趣がありますね。

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それから、板張りの家の商店。

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その少し黒味がかったやわらかな色調が、下町の人情を感じさせたりして。一軒だけなら、ウォーキングをしていて今でも街中に見かけますが、一そろいであるというのは、東京ではこうした展示施設の中だけかも。

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こんな下町の通りの突き当たりに、銭湯がどっしりかまえてありました。

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これは、かつて足立区にあった「子宝湯」。中にも入れて、当時の銭湯に思いをはせました。

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男湯と女湯の間の仕切りが意外と低いんですよ。私は無理だけど、ジャイアント馬場だったら、立っているだけで向こう側が覗けそう。

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背の高さだけで、迷惑条例か軽犯罪法に違反するのは何とも気の毒ですね。

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