サザンオールスターズゆかりの湘南・茅ケ崎を歩く

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関東大震災のとき、水田の中から忽然と浮き出てきた中世の橋脚

今回も神奈川県茅ケ崎市を歩きます。

鎌倉時代の橋の橋脚が残っていると聞き、7年前に訪れたものの、そのときはなんと、改修工事中。

今回、ようやく対面することができました。

それは、関東大震災が起きたとき、忽然と7本の丸太が水田の中から地上に浮き出てきたそうなんですよ。

専門家の鑑定によると、それはかつて相模川に架けた橋の橋脚だったらしい。

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鎌倉時代、源頼朝の重臣稲毛重成が亡き妻である北条政子の妹の供養のために架けたそうな。

田んぼの中から、丸太が飛び出したというのも驚きですが、それが鎌倉時代のものだったなんて。

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この橋脚は、直径60センチの檜の丸材で、当時、橋の幅は約7メートル、長さは40メートル以上もあったとか。

橋の幅が7メートル? すごいっす。当時、全国有数の大橋だったのでしょうね。

また、この橋の出現によって、相模川は今よりだいぶ東を流れていて、氾濫を繰り返しながらその流れを次第に西へ移動したこともわかったらしい。

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貴重な遺構で、国の史跡にも指定されているそうですね。

でも、本物は水面下にあって、この丸太はレプリカだそうですが。

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実は、この橋は源頼朝の死にも深くかかわっているそうな。

頼朝は、この橋を架けた稲毛重成の亡き妻の追善供養に出席し、その帰り道の落馬が原因で亡くなったそうです。

前にも書いた通り、重成の亡き妻の姉は北条政子。

歴史好き、ミステリー好きはいろいろ詮索したくなるエピソードかもしれませんね。

サザンゆかりのサザン通り商店街

旧相模川橋脚から国道一号をひたすら歩いて茅ヶ崎駅に戻ります。

そして今度は、茅ヶ崎駅南口からサザン通りへ。

サザン通りとは言うまでもなく、サザンオールスターズの故郷・茅ケ崎にちなんだネーミング。平成12年からこの愛称で呼ばれることになったらしい。

ここを南下すれば、サザンビーチへ行けるのですな。

それまでは南口中央商店街という名前でしたので、一見普通の商店街にも見えまする。

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しかし、注意深く歩いていくと、サザンにちなんだ商品やエピソードを体感することができました。

たとえば、烏帽子岩の形をしたサザンサブレーを売っている店とか。

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サザンの桑田さん御夫妻が結婚指輪を作ったお店と店頭に表示されている時計、ジュエリー販売のお店とか。

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以前、テレビでも紹介されていた「サザン神社」とか。

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海が近づくにつれて、サーファー御用達のショップが増え、アメリカの海岸のような雰囲気も出てきます。

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多くの人たちから愛されるネーミング「サザン」の秘密

それにしても、サザン通りとは語呂がよく、一度聞いたら忘れられない名前ですね。

この「サザン」のいうネーミング。

以前、別のところでも書いたことがあるのですが、マーケティング的に見て、すごくヒットするネーミングらしい。

桑田さんはこのことはおそらく知らないでつけたのでしょう。

でも、多くの人たちから愛されるネーミングだという実感はあったと思います。

マーケティングの経験則の一つとして、売れる商品のネーミングというのがあるのですよ。

その重要なポイントは3つだとか。

以下に箇条書きしますと…

 

● 必ず母音のAからはじめよ

● 必ず濁音か、破裂音を入れよ

● 必ず最後はN(ん)で終えよ

 

いかがですか。

「サザン」という言葉は、ぴったりと上記のヒットするポイントに当てはまります。

サザンの「サ」の母音はA。サザンの「ザ」が濁音。サザンの「ン」が最後。

ドイツの小説家エルンスト・ユンガーは、「言葉の秘密」という著書の中で、「AとOの母音は、傾倒、賛嘆、賛同を表出する」と述べています。

日本語でも、笑うときは、アハハ、ウフフで、ほめたり、賛同したりするときは、オオ!と叫ぶ。

また、サザンの「サ」。サ行、マ行、ハ行の音は、人間の感覚・本能に訴える力を持つのだそうです。

こまかい説明は省きますが、これらの音は、「ぶーぶー、ママ、パパ、しーしー、せーせー」といった幼児語の音と類似している。

だから大人になっても、これらの音の力は意識下に強く根をおろしているらしい。

確かに、「サザン」という言葉は、読みやすく、聞きやすく、書きやすく、言いやすく、覚えやすい。

インパクトもありますよね。

昔、私たちがほかの人に、「歌手で誰が好き?」と聞くと、にっこり笑って、「サザン」と愛情を込めてみんな言ったのを思い出します。

サザンの名曲がよみがえるサザンビーチちがさき

そんなことを思いつつ商店街を歩き続け、たどりつきました相模湾。

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ここは、サザンビーチちがさき。

その海岸に、「茅ヶ崎サザンC」というお洒落なモニュメントが建っていました。

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このCは、茅ヶ崎の頭文字のCという意味と、Cの右側の文字の切れ目の部分にカップルで立ってCを1つの円(輪)として完成させれば、縁(円)結びの輪となるイメージなのだとか。

また、海の安全と平和を祈る輪となるという意味もあるそうですね。

「C」といえば、個人的にはサザンの初期の名曲「C調言葉に御用心」をイメージしてしまいます。

このビーチで、C調言葉をささやきたくなりますな。

海岸には若者たちが波にたわむれています。

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先日、大磯の海岸で波に襲われてびしょ濡れになったのがトラウマになり、波打ち際には近寄りませんでしたが…。

 

潮騒に耳を傾けながら、打ち寄せる波を眺めます。

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なんか、サザンの名曲「TSUNAMI」のイメージにぴったりの風景。

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桑田さんもきっとこんな海を眺めていたのかも。

「TSUNAMI」を口ずさみながら、海岸線を歩きました。

歩き続けていると、海のかなたに特徴的な岩が…。

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一瞬、鮫のヒレにも見えましたが、貴族の烏帽子にも見えますね。

もしかしてあれは、サザンの歌にも登場する「烏帽子岩」?

たとえば、デビュー曲の「勝手にシンドバット」。

 

烏帽子岩が見えてきた~、俺の家もちかい~♪

 

ほかにも

 

♪ 烏帽子岩が遠くに見える~    星は何でも知っている~

       心から好きだよ、ミーコ 抱きしめたい 甘くてすっぱいひとだから・・・ 

 

「チャコの海岸物語」にも登場するんでしたっけ。

烏帽子岩のまわりにもいくつか岩が顔を出しているのが見えます。

これらの岩礁は、姥島(うばしま)と呼ばれるらしい。海岸から1キロ以上も離れてポツンと海の中にあるのはとても目立ちますね。

かつては筆島とも呼ばれたそうなんですよ。

烏帽子には見えるけれど、とても筆には見えないなと思ったら、この形状、実は人為的な加工?が施されたらしい。

太平洋戦争後、辻堂海岸一帯が在日米海軍辻堂演習場となり、その海上演習の標的として1954年4月13日まで姥島が使用されたそうな。

つまり、烏帽子岩は砲撃の的にされたため形が変わってしまったのですね。

もともとはもっと裾が広くて先端が高く尖って、筆のような形をしていたらしい。

烏帽子というから、平安時代の貴族がここを訪れて、歌でも詠んだことからつけられたネーミングかと思ったら、最近のことだったとは。

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伝説の野外ライブが行われた茅ヶ崎公園野球場

最後に向かったのは、茅ヶ崎公園野球場。

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一見、何の変哲もない地方球場ですが、ここは今や伝説の場所かも。

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ここで、2000年8月19日、20日の二日間、サザンが野外ライブを行ったそうなんですよ。

茅ヶ崎ではプロのミュージシャンが野外での大型コンサートを実行した前例が無かったそうですが、茅ヶ崎市の人口の約4分の1の5万人を超える署名が集まって実現したらしい。

当日、サザンは、4時間にわたって、全36曲を演奏したとか。

しかも、サザンの前座が福山雅治。

く~、行きたかったっす。

行った日は、その頃はまだ生まれていなかった子供たちが野球の試合をしていました。

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